現在の業務内容・職場環境
一人ひとりのお客さまと、丁寧に向き合う。
神奈川県 川崎市の登戸駅で、乗車券の発売や運賃収受・乗り越し精算などを行う出札業務と、乗車券の確認・回収などを行う改札業務を主に担当しています。みどりの窓口や駅改札などで、お客さまと接する仕事がメインです。働いていて楽しいのは、子どもたちの笑顔を見る時ですね。登戸駅の近くには学校がたくさんあり、多くの子どもたちや学生さんたちが駅を利用します。皆さんがにこにこしながら行き帰りする姿を見守ることができるのは、この駅ならではのやりがいかもしれません。その他の場面でも、お客さまの笑顔に出会うことができます。私自身が旅行好きなこともあり、経路の相談や乗り換え案内などではなるべく丁寧な対応になるよう心がけていまして。その結果お客さまが喜んで帰られた時には、こちらまで嬉しい気持ちになりますね。一方で私の業務は駅のフロントに立つ仕事でもあるため、お客さまからのご指摘への対応も珍しくありません。ただそれも、私にとっては達成感につながる部分です。前職で培った臨機応変な対応力を活かしながら、自分自身を客観的に見つめることで冷静に解決へ導けるよう努めています。
地域への貢献が、やりがいにつながる。
そんな駅業務の中でも、毎年開催している「登戸駅わくわくDAY」というイベントはお客さまの笑顔にいちばん接することができる場かもしれません。毎年、テーマに沿ったミニゲームや制服体験を準備して、子どもたちを主役として地域の皆さんに楽しんでもらうお祭りのような日です。遊びながら新しい知識を吸収していく子どもたちや、制服姿のお子さんを写真に収める親御さんたちを見ていると、地域に貢献している実感と、大きなやりがいを感じます。子どもたちから「駅員さんになりたい」と言ってもらえることもあります。そんな時「やっぱり仕事ってこうだよな」なんて思うんです。
ある日の働き方
- 出社
- 点呼
- 出札業務
- 改札業務
- 昼食
- 出札業務
- 改札業務
- 退社
- 透析クリニック着
- 透析開始
- 透析終了
- 自宅到着
透析のない日は9:00出社、18:00退社。
自身の障がいと働き方
いちばん大切なのは、時間の使い方。
40歳を目前にして次にやりたいことを考えていた時、たまたまJR東日本の経験者採用ポスターを見つけました。以前はあった年齢制限がなくなったのを知ったこと、もともと鉄道などインフラ系の仕事に興味があったこともあって、駄目もとで受けたのが入社のきっかけです。面接での具体的なやりとりは忘れてしまったのですが、会社としてできるフォローについて親身に相談に乗ってくれたのが印象的でした。働く上で最も大切にしているのは、時間の使い方です。障がい者が健常者のように生活するには、多くの場合どこかで足りない時間を補わなければなりません。私の場合は週に3回、透析のために通院する必要があります。クリニックへの往復を含めて、一度の診察にかかる時間は約5時間。つまり、週に15時間以上を透析に対して捻出しなければならないことになります。そのため私にとってスケジュール管理はとても大切で、「今日」「1週間」「1ヶ月」それぞれのTo Doリストを手帳に分類しながら、余裕を持って仕事を進められるようにしています。人生の中でお金か時間かと聞かれたら、迷わず時間と答えるほど大切なものです。
チームワークに感謝しながら。
透析があることで、毎日のスケジュールも一定ではありません。透析をする日・しない日・終電対応がある泊まり勤務の日など、日によって出勤時間も退勤時間も異なるシフトを組んでいます。そのような働き方ができるのは、駅で一緒に働く皆さんの理解があってこそ。例えば、通院のため早退しなければならない日に、イレギュラーな対応が発生して予定の退社時間に間に合わなくなりそうなことや、集中のあまり時間を忘れてしまうことがあります。そんな時「〇〇さん、代わるよ」「今日、病院じゃない?」といった声を掛けてもらえることで、慌てることなく業務を切り上げることができています。実は透析が必要になったのは入社後なのですが、そのことは私から大きく発表したわけではありません。おそらく透析導入にあたっての病休中に、私が独自の勤務形態になることも含めて、当時の上司が職場に周知をしてくれたのでしょう。その勤務形態についても、自分で考えたシフトをベースに調整していくことができました。スムーズな職場復帰ができたのも、登戸駅の社員皆さんのさりげない気づかいと理解、そしてチームワークのおかげです。
今後の目標・メッセージ
障がいは、すぐに受け入れられるものじゃない。
私が時間の大切さを実感しているのは、長い間自分の障がいと現実とのギャップに向き合い続けてきたからかもしれません。私は腎機能障がいのため、10歳から透析をはじめました。その後24歳で臓器移植をして、透析に通わない時期も経験したのち、40歳で透析を再導入することになったんです。学生時代は通院のため授業や部活に出られないことも多く、社会人になってからも病気休暇のために給与が下がってしまうなど、理不尽に思うこともたくさんありました。いまでこそ自分の障がいを受け入れて社会の中で働いていますが、それは私が特別な人間だったからできたことではありません。本当に長い時間をかけて、自分で工夫をしながら、周りに迷惑もかけながら、少しずつできていったことです。私が今のように障がいを受け入れられるようになるまでには、多くの苦労と時間が必要だったことも現実としてお伝えしておきたいんです。
「多様性」という言葉がなくなるくらいまで、理解し合えたら。
障がい者といわゆる健常者には、お互いに理解し合える余地がたくさん残っていると思います。私は臓器移植をした24歳から40歳まで、透析をしない生活も経験しました。その中で思ったのは、健常者には健常者の大変さがあるということ。障がい者には不可能な量の仕事をしなければならなかったり、障がい者であれば譲ってもらいやすい椅子になかなか座れなかったり。そんな健常者の視点を障がい者が理解することも、お互いが一緒に働いていく上で重要なことだと考えています。一方で、障がい者の感覚や不安に対する健常者からの理解もまだまだだと感じます。例えば車いすのお客さまを乗車までご案内する時。寒い日には足の筋肉が固まりやすいことを知っていれば、「風の無いところで待ちましょうか」といった配慮ができます。次の電車をお待たせしている時も、その待ち時間に対する不安を理解できていれば、「各駅停車は〇分後なのですが、大丈夫ですか」といった声かけで安心してもらうこともできるはず。健常者の方が気づきにくいところにまで気を配れるのは、障がいのある方が活躍する上での強みの一つだと思います。私自身も自らの視点を活かして、障がいのあるお客さまの気持ちに寄り添えたらと日々考えています。そして、そんな対応ができる社員を増やしていくことも今後の目標の一つなんです。障がい者と健常者がお互いに理解し合うことで、将来的には「多様性」という言葉もなくなるくらい、ともに働くことが当たり前で自然な光景になればいいなと思っています。
わたしらしい働き方のヒント
いざという時に、命を守るもの。
仕事用のバッグに自分のカルテと約1週間分の飲み薬、透析の際の痛み止めを常備しています。普段通っている透析センターが災害などで利用できなくなった場合に、他のクリニックでも透析を受けられるようにするためです。これがあれば、なにかあっても数日間は生きられる。そんなイメージです。